実はここ 1 年ほどメインの方のインターネット空間を意図的に離れていた。これだけ長く続いたことは驚きではある。おそらく今後も離れたままであろう。
その中で気づいたことや思ったことが色々あったのでちょっと雑多に書いてみたくなった。
インターネット空間から離れた理由とやってたこと
離れてた理由
まずインターネット空間から離れた理由として、単純に色々納得できないことが自分の周辺で発生して一旦自分の頭を冷やそうと考えた。 文章で書くと厚さはなさそうだけど、これに関しては今までになかったような感情があったので、離れた方がいいと自分の中で判断した*1。
離れていた間やってたこと
やってたこととして基本以下の 3 つをやっていた:
- メインアカウントの X (旧 Twitter) の TL を覗く頻度を下げる、同じく浮上も極力しない*2。
- Discord はオフラインにして最低限の通知だけ見る、通話は入らない。
- 仕事の方を中心に生活を組んでいた*3。
完全にオフの日はずっとベッドの上で横になることが多いが、ここ 2, 3 ヶ月はちょっとしたつてで運動したり、ちょっと前引っ越し場所のとある店で常連になったりと色々アクティブになりつつはある。
インターネット空間から離れていて困ったこと
実はそんななかった。
最初の数ヶ月は案外気にされるもんなんだなと思って、それ自体はまあ嬉しかったと思いつつも、言及も徐々になくなって、されてもされなくても別にいいやという気持ちが徐々に強まった。
ただ、唯一と言っていいのかはわからないけど、昔から関わってた人が今何やってどうなっているのかはわからないぐらいでそこは一旦調べないといけなかった。
実際、この 1 年で変わった人間はまあまあいたので、趣味や行動の予測ができなかったし、その人経由で手に入れていた情報とかは全く取れなかったのは若干困った。
あともう 1 つ強いてあげるとすれば、ネット上のトレンドというか「ミーム」的なもののキャッチは非常に遅くなったぐらいな気がする。 ただ正直、そんなもんあっても逆に困るし 1 ヶ月ぐらいすれば消費されまくって自然消滅するので特に気にすることはなかった。
技術情報はどうなのと言われそうだけど、これは案外気にはならなかった。というよりかは X 以外の手段でも普通に新しい情報が手に入る環境だったのが大きいかも。
離れていて思ったこと
「自分」に対して
インターネット上の「自分」とリアルでの「自分」を見つめ直す時間が増えて、段々とインターネット上の「自分」というものがいらない存在という気持ちが強くなってきた。 そもそもインターネット上の「自分」という概念自体おかしなものであるが、思春期をほぼインターネットの中に過ごしていると、インターネット上での振る舞いが思春期時代とずっと変わらなかったことに気づかされた感じがある。 リアルでの「自分」はなんだかんだ社会人としてやっている中で、インターネットの中で昔の「自分」のまま形を保つのはなんだかんだ神経をすり減らしていたとは思う。
振る舞いの変化
特に、段々とインターネットの関係 = リアルの関係という状態が非常に強くなっている今だと、それぞれの振る舞いが大きく異なっていて苦しいなということを感じていた。この先インターネット上での振る舞いとリアルでのそれをずっと分けて続けるかもしくは一方をやめるかという選択肢を取らないといけないだろうとは強く感じた。 離れた結果として、リアルでの振る舞いに一元化しようという感じになった。 考え事は減ったので若干ストレスは減ってるかも。
いらない情報が大きく減った
困ったことに書いたことと似ているが、自然といらない情報が減ったので脳に対するストレスは強く減ったと思う。正直これが一番でかい。
最近の「ミーム」*4やら政治的な情報とかは正直疲れる、特にリアルに非常に近いメインのアカウントでやられると前述の「自分」の件もあり中々にきついものがあった。
あと最近は生成 AI どうこうの面倒な部分があるが、個人的には関わりたくも話したくもないので省略する、殺害予告やら名誉毀損とやらは勘弁願いたいところだし。
ただ、集団ヒステリーに近い、呪文のようなことを一気に多数の人がやってるのを見てて正直きついものがあったし、それによって脳に対する負荷も強くなっていたのはあったとは思う。
これらのムーブメントというかネット上の明らかに対立を煽る発言や、一線を画すような発言、アフィリエイトや身の危険が及ぶ仕事に誘導するようなアカウント群は増えている気はかなりする。 おそらく、また数年後にはもっと酷くなっている気もするけど、あんまり考えたくはない。インターネットの悪意を考えまくってもただ疲れるだけではある。 ただ、離れていると自然にこういうのを見る機会や考える機会は減ったのでそれは良かった感じはある*5。
インターネットの窮屈さ
色々情報の断捨離をしたことで自分自身が感じてたインターネットの窮屈さを自覚できるようになった気がする。 というのも、先ほど書いたようにインターネット上の見るからに悪意がある発言やアカウントを受動的に、しかも回避不能でうけていたので、かなりストレス負荷の高い状態であった。 かつ、それを流している本人を咎めるというのは違う話だし、いきなり関係を断つのもおかしな話だと感じていて個人的に何もできないなという状態になっていた。 結局、窮屈に感じていたのは、自分自身のやり方とそれをとにかく維持しようという動き方であったのを離れていて気づいた。
今後の予定
今後はそういうことを改めて関係を断つとかやめてほしいとか立場を表明するのかと言うとそんなことはない。 わざわざそんなことのために新たにストレスを増やす時点で本末転倒であるし、インターネットは自由であるべきという考えでいるので not for me を他人に押しつけるなど言語両断なことである。 ただ、いつもと変わらず TL を見ずにオフラインで粛々とリアルの「自分」を過ごしていく生活をこれからも続けていくと思う。
*1:一応メインの関係者向けに話しておくと、これは自分の問題かつ自分がどうにかしようと考えて行動しただけであるので、関係者は悪くない。
*2:あくまでメインアカウントだけであって別のアカウントの方はログインはしてた、むしろ別のアカウントの方だけは積極的に動かしていた。
*3:が、若干少し破綻気味ではあった。
*4:ちょっと話は逸れるが、そもそも何故日本のインターネット上で「ミーム」という単語が当然のように使われているか本当にわからない。英語からの輸入した言葉 (meme) なのはわかるけど、ネタという単語があるのになんでそれに言い換えるの?という疑問はやってて感じている。
*5:あくまでメインであるため別のアカウントはそうとは限らないんですが…。